数ページほどの短い物語であっても、極上の読書体験ができる星新一の作品群。
ショートショートの神様と言われる氏ですが、作品を生み出すにあたっては、毎回メモをひっかき回し、絶望し、焼き直しの誘惑と戦い、コーヒーを飲み、目薬を差し、またメモをひっかき回し…と苦しみながらアイデアを出していたとか。
読者にはみじんもそんな苦悩を感じさせない、シャープで洗練された文章やユーモアと皮肉を含む意外な展開は、今でも色褪せない魅力があります。
今回はそんな氏の数多ある作品の中から「ボンボンと悪夢」をご紹介しましょう。
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ショートショートの神様・星新一のおすすめ短編集『ボンボンと悪夢』
この本には、全部で36編のショートショートが収録されています。
SF、サスペンス、ミステリーなど、どれも2~10ページ程度の短いお話でありながら、一つひとつが本当によく出来た展開とオチで全く飽きません。
中でも、私が特に面白いと感じた作品を5つピックアップします。
「ボンボンと悪夢」からおススメのお話5つ
「椅子」
今や成功して会社の経営者となった主人公の男は、金を貸していた友人の家を訪ねる。友人は落ちぶれたというのに、失意もやつれもなく明るい様子で、ドイツの片田舎で買ったという椅子に腰をかけていた。貸した金を返せと迫っても、金はないが働きたくもないというばかり。
そんな友人に腹を立てた男は、それならこれを預かっておくと、友人が座っている椅子を取り上げてしまうが……。
「雪の夜」
冬の静かさがすみずみまで行きわたっている夜更け。幸せそうに暖炉の前でくつろいでいる老夫婦の会話の中心は、二階で勉強している息子のことだった。その家に、突然ベルの音が響く。息子の友人だろうかと出てみると、刃物をもった強盗だった。
「おとなしくしろ」という強盗に、「手向かいしませんから、息子が勉強している二階にだけは行かないでください」という老夫婦。かえって大切なものがあるに違いないと思った強盗は、足音をしのばせて二階への階段を上がっていくのだが……。
「オアシス」
ロケット内では、しばらく前から水が不足していた。艇長は喉の渇きを訴える皆をなだめ、水分のある星を探して飛び続ける。そうしてようやく空間のかなたに小さな点を見出すことができた。「きっとあの星なら」という期待通り、観測員からの報告は「大丈夫です、水は豊富にあります」とのことだった。
ロケットの中では歓声があがる。しかし、操縦士の声だけが悲しそうに……。
「目撃者」
会社で恵まれた立場にある部長のS氏には大きな悩み事があった。それを通りがかりの易者に言い当てられ、S氏は実はと打ち明けてしまう。家族に甘すぎるせいで借金がかさみ、その穴埋めのために会社の金庫から金を盗み出すことを考えているのだと。
それならと、易者はアリバイ作りを引き受けてくれた。そのおかげで犯行は成功し、アリバイ作りもうまくいったが、同時刻に易者が目撃していたとある事件がまさかの……。
「老後の仕事」
二十年余りも密輸を指揮してきた「私」は、五十歳で引退した。非合法な仕事のため一刻も気が休まらなかった今までの生活からすべてを切りかえ、妻と息子との家庭生活をゆっくり味わいたいと思ったからだ。
引退後の「私」は老後の仕事を求め、<恐喝の権利>を売っているというある男の元へ行く。「相手は確実で、取り立ても簡単」という案件を、説明もそこそこに買い取った「私」は、その場を離れた後そっと封筒を開けて、中の書類をのぞき驚愕した。そこに書かれてあった驚愕の内容とは……。
『ボンボンと悪夢』のレビュー
ほとんどが最後の一行で「あっ」と驚かされるため、すっかりクセになってしまう星新一作品。
私は中学生の頃、学校の図書館で出会い、夢中になって書架にあるだけの氏の作品を読みつくしました。今でも時折読み返しては、ムフフと笑ったり、ムムムとうなったりしてしまいます。
近未来のSF作品が多い氏の文章は、都会的で洗練されているとよく評されますが、淡々とした文体が昔話の普遍性にも通じるところがあり、ノスタルジーも強く感じます。
実際、氏は「未来いそっぷ」という昔話を元にした物語群も手がけており、SF作家というイメージとは対照的に、江戸時代の看板や、根付のコレクターであったとか。
また上記のあらすじでも紹介した「雪の夜」などに漂う切なさも、単なる「意外性」だけに終わらない深い読後感につながっているのではないでしょうか(ちなみに、私は中学生の頃に読んだときよりも、年を重ねた今の方がずっとこの「雪の夜」に胸を締め付けられました)。
サクッと手軽、でも読み始めると止まらない。
星新一の中毒性にはご用心。
星新一 プロフィール
東京生まれ。東京大学農学部卒。1957年に「セキストラ」でデビュー。代表作に新潮文庫『ボッコちゃん』『盗賊会社』、角川文庫『きまぐれロボット』など。日本SF作家クラブの初代会長。1968年に『妄想銀行』および過去の業績により日本推理作家協会賞を受賞。1983年に、目標だったショートショート1001編を達成しました。
Amazon 著者ページより
星新一氏氏自身が自らの執筆について語っている興味深い箇所も引用しておきます。
「書く題材について、私はわくを一切もうけていない。だが、みずからに課した制約がいくつかある。その第一、性行為と殺人シーンの描写をしない。希少価値を狙っているだけで、べつに道徳的な主張からではない。もっとひどい人類絶滅など、何度となく書いた。
第二、なぜ気が進まないのか自分でもわからないが、時事風俗を扱わない。外国の短編の影響ででもあろうか。第三、前衛的な手法を使わない。ピカソ流の画も悪くないが、怪物の写生にはむかないのではないだろうか」
『きまぐれ星のメモ』の「創作の経路」から
『ボンボンと悪夢』紹介のまとめ
今回は数多ある星新一作品の中から、「ボンボンと悪夢」を紹介いたしました。
ページをめくる手が止まらなくなる、全36話のショートショート集。
それにしてもこのタイトルの「ボンボンと悪夢」という作品、なんとどこにも収録されていません。
短編のまとめのタイトルとして付けられているようです。
私は最初は「ボンボン」という女の子とその悪夢というイメージをもっていたのですが、よくよく考えると、「次々と悪夢が生まれて来る」という意味の「ボンボンと悪夢」なのでしょうか?
こんな短いタイトルなのにすでに想像が尽きませんね。さすがショートショートの神様。
「ボンボンと悪夢」はこんな方におすすめです。
- 長い小説は苦手だけど読書を楽しんでみたい方
- 予想外の展開にドッキリしたい方
- 短い時間でサクッとたくさんの作品を読みたい方
ぜひショートショートの神様の手による、どんでん返しの面白さを楽しんでみてください。
それではまた次の本でお会いしましょう。
いつも本と一緒。 本と いる。
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